旧柏江港の賑わいを偲ぶよすがもないが、柏江こそは下堅田の玄関口であった。上方から伝わって来た数々の唄・踊りが柏江経由で近隣部落に伝わっていったと思われる。ところが、西野や波越などには10種類以上の演目が残るのに対して、柏江には「大文字」「兵庫節」「茶屋暖簾」の3種を残すのみとなっている。堅田踊りの伝わる地域の中では、現存する演目が最も少ない。明治末期までは「本調子」「夜盗頭」「うぐいす」「奴踊り」等も盛んに踊られたというが… 今に残る3種類のうち「大文字」と「兵庫節」は「佐伯節」の類であって、所謂「長音頭」の流し踊りである。小唄踊りは「茶屋暖簾」のみ。そしてこの「茶屋暖簾」こそは、「淀の川瀬」などと並んで下堅田を代表する高レベルの踊りである。ぞめき唄風の音頭もよく、柏江名物といえるだろう。
 唄は節が長く、全体的には陰旋だが一音のみ上へのハズシがあり、その箇所が何とも粋な感じがする。三味線と拍子木を伴奏に、品のある節が素晴らしい。文句を見ると、冒頭の「茶屋の暖簾な…」は葉茶屋ではなく引手茶屋なのは明らかである。今の時代では意味がなかなか理解されがたいが、嫁や娘を連れて遊里を見物に行った田舎男が思わずまがきに抱き着くとは、なんとも皮肉めいた文句だ。「宇治は茶どころ」の文句はその替え唄で、ここから上方趣味の文句がいろいろと展開されている。上方の遊里のぞめき唄と思われるが、『民謡大観』等を繰っても同種の唄の採集例が見当たらない。おそらく本家本元の地域では早くに廃ってしまい、それが遠く離れた柏江にのみ残っているのであり、方言周圏論ならぬ俚謡周圏論とでもいえそうな様相を呈している。こと堅田踊りの音頭にはこの傾向が強い。
 踊りは、手数が多いが繰り返しもあり比較的覚えやすい部類である。ただし手拭いを肩にひっかけて千鳥に進んでいくところや、袂をくるりくるりと返していくところなど優美を極める。腰まえがよく、小さめの所作で上品に踊るところに妙味があるので、こればかりは慣れないと様にならない。柏江にのみ伝承される演目であり、よい踊りなのにあまり知られていないのが惜しまれる。

茶屋暖簾(三下り) 佐伯市柏江
〽茶屋の暖簾な イロハニホヘト(合)
 嫁や娘を 皆うち連れて
 ぴらしゃらしゃんすに 見とれつつ
 思わずまがきに 抱きついて
 おお そそうな人さんじゃ
〽宇治は茶所 茶は縁所(合)
 同者同行 皆引き連れて
 摘み取らしゃんすに 見とれつつ
 思わず茶の木に 抱きついて
 おお そそうなことぞいのう
〽松は唐崎 矢走の帰帆(合)
 月は石山 三井寺の鐘
 堅田の落雁 瀬田の橋
 比良の暮雪に 粟津路や
 おお 見事なものぞいなあ
〽間の山では お杉とお玉(合)
 お杉お玉の 弾く三味線は
 縞さん紺さん 浅葱さん
 そこらあたりに ござんせん
 おお 見事なことぞいのう
〽可愛い勝五郎 車に乗せて(合)
 引けよ初花 箱根の山に
 紅葉のあるのに 雪が降る
 さぞや寒かったで ござんしょう
 おお 辛気なことぞいのう
〽園部左エ門 清水寺に(合)
 太刀を納めて その帰るさに
 薄雪姫に 見とれつつ
 思わずまがきに 抱きついて
 おお そそうなことぞいのう
〽可愛い川辺に 出る蛍虫(合)
 露に焦がれて 身を燃やすなり
 我が身は蛍に あらねども
 君ゆえ身をば 燃やすなり
 おお 辛気なことぞいのう
〽恋し恋しと 鳴く蝉よりも(合)
 鳴かぬ蛍が 身を燃やすなり
 我が身は蛍じゃ なけれども
 君ゆえ身をば 燃やすなり
 おお 辛気なことぞいなあ
〽可愛い可愛いと 鳴く鹿よりも(合)
 鳴かぬ蛍が 身を燃やすなり
 我が身は蛍に あらねども
 君ゆえ身をば 燃やすなり
 おお 辛気なことぞいのう

(踊り方)

(三味線)
右回りの輪を立てて、細長く畳んだ手拭を右肩にひっかけ、前に垂れた端を拝み手で待って待つ。

「茶屋の暖簾」
拝み手で手拭の端を挟んだまま静かに前に出しつつ、左足、右足・左足と左前に小さく進む(このとき右足は左足より前に出さないようにする)。その反対の足運びで右に、反対で左前にと千鳥に進む。

「は、イ」
拝み手で手拭の端を挟んだまま右に振って、輪の中向きに右足を出す(加重せず)。

「ロハニ」
左手を手拭から離し、右手の親指と人差し指で手拭の端を挿んで左に引き下ろしつつ左足の前に右足を左向きに踏み、すぐ左足に踏み戻す。左手で反対の端を右手と同じ持ち方でとり両手で手拭を横に伸ばして高く上げておき、右足を左足の横に踏み、左足を左前に出し(加重せず)、左足を左向きに踏みかえて左回りに半周回る。

「ホヘト」
輪の外向きになり右足を右前に踏んですぐ左足に踏み戻し、右回りに半周回って右足を左足の横に踏み、輪の内向きに戻る。

(三味線)
・頭を越して手拭を首にかけつつ左足を右足に寄せて束足。
・両手で手拭の両端を持ったまま、左手のみ左、右、左と小さく振る(最後のときに左手の手拭をサッと肩の後ろに跳ね下ろして左手を離し、右手の手拭を少し引いて右肩に手拭がかかった状態にする)。同時に、左足、右足、左足と前から小さく引き戻しつつ踏みかえる。

「嫁や娘を」
右手は手拭を持ったまま動かさず、左手はアケで握り、袖を揺らすように肘から先を左、右・右、左・左、右・右と交互に振りながら前に進む。足も手と同じで、最初の左足のときに左に回って右輪の向きになる。そこから右足・右足、左足・左足、右足・右足と継ぎ足で前に出ていく。上体を少し傾けてシナをつけていく。

「皆うち連れて」
右手は手拭をもったまま動かさず、左手は前の所作からの連続で左から交互に6回振る。足も手と同じで、左足から6歩にて左回りに一周する(最後の右足のみすぐ左足に踏み戻す)。

「ぴらしゃらしゃんすに」
両手を右上、左上と後ろに高く交互に5回流す。そのとき、右足を後ろに右向きに置いたら左向きに踏みかえて加重、左足を後ろに左向きに置いたら右向きに踏みかえて加重…といちいち踏みかえて右に左に見返りながら、右から5歩さがる。

「見惚れつつ」
後ろに下ろした右足の膝を少し曲げて左足を軽く伸ばしておき、両手を外から胸前にアケすくってクルクルとかいぐりをし、フセにて左右に静かに開き下ろす。

「思わずまがきに抱きついて、おお」
最初と同様に拝み手の所作で(手拭はとらない)、足運びも同じように左前、右前、左前、右前と千鳥に進む。

「そそうな人さんじゃ」
「ぴらしゃらしゃんすに」のところと同じ所作で、左から4歩さがり、そのまま「見惚れつつ」のところの所作を早間にて行う。

(三味線)
・左足を小さく蹴り出して左袖をとり、右足を左足の前に小さく蹴り出して右袖をとり、左足を左後ろで蹴って左後ろを見返ったら左足・右足と束に踏んで両手を下ろす(袖を離す)。
・右足を小さく蹴り出して右袖をとり、左足を右足の前に小さく蹴り出して左袖をとり、右足を右後ろで蹴って右後ろを見返り、左足を左後で蹴って左後ろを見返ったら左・右と束に踏んで両手を下ろす(袖を離す)。
・両手を下ろしたまま左足から3歩前に進む。
・拝み手で右肩にかかった手拭の端を挟んで静かに前に出しつつ、右足、左足・右足と右に小さく進む(このとき左足は右足の横に置く)。

このまま冒頭に返る。所作が連続しているので、手拭を拝み手で持って千鳥に進むのは右から数えると都合4回になる。