勝太郎さんの特集2回目。ずいぶん間があいてしまったが、経歴などは前回紹介したので省いて、さっそく曲紹介に入ります。まずは民謡・俚謡から。この記事・次の記事で紹介しているものは全て戦前の吹き込みです。年代は確認するのが面倒なので省略するが、概ね昭和7年から15年頃。

<勝太郎さんの民謡・俚謡いろいろ 上>

★佐渡おけさ★
 勝太郎さんの「佐渡おけさ」はみんながよく知っている節とは少し違っていて、「勝太郎節」とか「勝太郎おけさ」(註)と呼ばれている。伴奏は三味線のみ。極端にテンポを落として、細かい節をたくさん入れてしっとりと唄っており、情緒纏綿たる雰囲気。もはや俚謡からは離れて俗曲・端唄に近くなっている。絹糸のような高音を、糸が切れるのではないかと思うほどのギリギリの細さで引っ張って丁寧に節を回す唄い方は絶品。地元からは批判も出たようだが、評判も高く何度も吹き込んでいる。
 いわゆる「正調」ではなく、あるいは「おけさくずし」と呼んだ方が適切かと思われるほど元唄の雰囲気から離れているが、これはこれでとてもよい節で完成度が高い。今は唄う人がいなくなっているのが残念だが、声を張り上げるような唄い方ではこの節に全く合わないので、花柳界出身の歌手がほとんどいなくなってしまった現代では、この節がほぼ廃絶したのも無理からぬことと思われる。
(註)佐渡おけさに新作の歌詞を乗せた「勝太郎おけさ」という曲もレコード発売されたが、一般に「勝太郎おけさ」という言葉は「佐渡おけさの勝太郎節」の意でつかわれたようだ。

★おけさ踊り★
 レコードのタイトルは「おけさ踊り」だが、これも「佐渡おけさ」である。ただし、こちらは元唄の節で唄っている。下の句の部分が村田文蔵などのレコードとは少し違うが、これは彼女の工夫というよりは、花柳界風の唄い方ということなのだろう。伴奏は洋楽器、笛、三味線、太鼓で賑やかな雰囲気だし、唄い方も端唄風に吹き込んだ「佐渡おけさ」よりも勢いがある。上の句の句切れの部分、たとえば「ハー佐渡へ、佐渡へと草木もなびくよ」の文句だと(実際にはこの文句は唄われていないが)、端唄風の唄い方のレコードでは「よ」にごく小さなコロビを入れて消え入るように止めているのに対して、「おけさ踊り」のレコードでは「なびくよっ」とスッパリと切って止めており、意識して唄い方を変えているのがよくわかる。
 一般には、端唄風に唄った「佐渡おけさ」よりもこちらの方がより親しみやすいと思う。和洋折衷の伴奏も特に違和感はなく楽しく聴けるのだが、三味線と鳴り物のみの伴奏でこちらの節を吹き込んだ盤があればなおよかった。

★新潟おけさ★
 一般に唄われているものと同じ、オーソドックスな新潟おけさ。伴奏は三味線のみで、鳴り物なし。この曲は「おけさ」の中でも特にお座敷風のものなので、勝太郎さんの唄い方も相俟って俚謡・民謡というよりは端唄・俗曲に近い感じになっている。三味線の弾き方にメリハリがついていて、節と節の間の部分・前弾きは強く弾いておいて、勝太郎さんの唄の間はあしらいの手をごく軽く、小さく弾いているのがとてもよい。勝太郎さんの「おけさ」といえば「佐渡おけさ」だが、こちらも素晴らしい。

★新潟甚句★
 和洋折衷伴奏だが、三味線はあまり聞こえない。また樽を早間に叩く音も小さく、地元のものとはずいぶん雰囲気が違う。勝太郎さんの唄い方も現在一般に唄われるものとは少し節が違っているが、これは彼女なりに工夫した節なのだろう。下5字の頭、今は普通「イヨー」と唄っているが勝太郎さんのものは「オワラー」である。この唄は、元をたどれば山形盆踊り唄や和楽踊りなどのいわゆるアレサ型の盆踊り唄の一種なのだろうから、「オワラー」と唄っていてもべつに違和感はない。
 洋楽器の音量がやや大きすぎるような気がするも、それはそれで賑やかな感じがして楽しいし、勝太郎さんの唄い方も「おけさ」にくらべるとあっさりとしていて、唄の雰囲気によく合っている。
♪ハーイーヤー 新潟恋しや白山さまよ
 松が見えます オワラー ほのぼのと(ハ アリャアリャアリャサ)

★三階節★
 新潟おけさと同じく、オーソドックスなもので特に珍しい点はない。三階節には大きく分けて、盆踊りなどで唄われた野良三階節と、お座敷で唄われた三階節に分かれるが、勝太郎さんの節は当然後者である。「おけさ」や「会津磐梯山」と同様、勝太郎さんといえば真っ先に思いつく民謡・俚謡のうちのひとつ。
 これも数回吹き込んでいるようで、手元には「米山さんから…」を冒頭に唄っている盤と、「忘れた忘れた…」を冒頭に唄っている盤がある。どちらもよいが、後者の方がややテンポが遅く、句切れの部分で本人が「アッ」と小さく掛け声をつけており、その声がなんともかわいらしい。三味線は自分で弾いている。

★米山甚句★
 この唄は、今は民謡として認識されているが、もとは俗曲・流行小唄の類だったのではないかと思う。勝太郎さんは、端唄あるいは俗曲のつもりでレコードに吹き込んだのだろう。人気の曲だったし本人も気に入っていたのか、数回吹き込んでおり、手元には3種類の盤がある。馬子唄入りとか文句入りのものもあるが、特に気に入っているのはもっともオーソドックスな盤で、「行こか参らんしょか」の素唄と「富士の高嶺に」の字余りの文句を唄っている。伴奏は三味線のみで、自分で弾いている。三味線も唄い方も全く珍しい点はなく、ごくごく普通。この唄は戦前さかんに吹き込まれているが、いろいろな歌手のものを聞き比べてみると思いのほか節をひっぱって、テンポを落として唄っているものが多い。その中で勝太郎さんの唄い方はずいぶんあっさりしており、軽やかな印象を受ける。句切れの「ハッ」の掛け声も本人で、三階節のときほどかわいらしい掛け声ではないが、やはりささやかな感じでいかにも勝太郎さんらしい。

★越後追分★
 伴奏は三味線のみ(自分で弾いている)。一般に唄われる越後追分とはずいぶん雰囲気が違う。一応、元唄の節回しから大きく離れてはいないが、節の止め方が端唄風なので、節を引っ張って追分調に唄っているのにお座敷の雰囲気が色濃い。追分節だからといって声を張り上げたりはせず、いつも通りの細い高音で、一定の声量でしんみりと唄っている。また三味線の弾き方も、あしらい程度の、ささやかなものである。もしかしたら、昔は新潟の花柳界で、こういう追分節が唄われていたのかもしれない。
 手元には「船底の…」と唄い始める盤と、「鳥も通わぬ…」と唄い始める盤がある。後者は、八丈追分と同一の文句で、こちらの方が節が1句分長くなり変化に富んでいる。勝太郎さんの「アアーソイ、ソイ」の掛け声がまたなんとも愛嬌があって、テレビ番組で唄い終わったときに見せていたあの笑顔が浮かんでくるようだ。



次回に続きます。