1969のヒットで話題になった由紀さおり。夜明けのスキャット以外にもいろいろあるよ。
ヒット曲から隠れた名曲まで、好みの楽曲を適当に紹介します。


「トーキョー・バビロン」
 昭和53年の曲。恋に疲れた女がエレベーターでビルの屋上に上がり、そこから下界を見下ろして東京の夜の街にバビロンを見るような内容の歌。イントロといいハーというコーラスといい、何とも怪しげな感じがよく出ている。「東京」でなく「トーキョー」となっているのも納得。また由紀さおりの、Aメロの部分の悩ましげな歌い方やサビの部分の高音など、この歌の雰囲気によく合っていて、舞姫はあなた舞姫は私うんぬんの「意味不明+雰囲気で感じて下さい」的な歌詞がより引き立っている。
 夜明けのスキャットのヒット後、順調にヒットを飛ばしていた由紀さおりもこの頃になるとやや失速気味だったようで、この曲を最後に紅白歌合戦にも落選している。多分ヒットしなかったと思うが、紅白で歌われたからそこそこ知られているかもしれない。紅白では、その当時の紅白の例に漏れず異常なまでの高速化がなされており、原曲のイメージはやや崩れていたが、速いバージョンもなかなかよかった。衣装は赤を貴重としたもので、額の前にはごく目の粗い網のような飾りがさがり、怪しげな雰囲気に拍車がかかっていた。イントロ最後の部分で「かいぐり」をするような振り付けも印象深い。

「ゆらゆら」
 昭和63年。この歌はまったくヒットしなかったと思うが、ずいぶん前に借りたベスト盤には収録されていた。歌詞は経験豊富な女性があの男この男の間で気持ちがゆらゆらしているといった内容。別にそうおもしろみのある内容でもないが、「ゆらゆら」などの繰り返しの響きや対になる言葉などを効果的に使っていてそれなりに耳に残る。
 打ち込み全開、キラキラした音や、やたら目立っているパーカッションの音がいかにも80年代末期の印象。特に2番の後の間奏など、ごく短いのに何だか仰々しくて大げさな節回し。 批判めいたことを書いてしまったが、全体としての聞き心地は良いと思う。さらりと流す程度だが、もう何度も聴いている。わりと気に入っている。

「ルームライト」
 昭和48年。吉田拓郎作曲で、どこがどうとは言えないが節回しに、それとわかる特徴があるような気がする。全く緊張感のないのんびりした感じのイントロと、ぱっと聞き呑気な感じの歌い出しの文句に気をとられて気付きにくいが、実は明るい内容ではない。恋人の仲が冷めていって…といった内容。2番辺りが特に深刻で、3番になるとやや開き直りともとれるような内容になっているので、救い様がないというわけでもないが。
 由紀さおりは軽々と歌いこなしているが、とんでもない難曲。音程を外さないように追いかけるのはどうにかできても、歌声にイロを、表情をつけるのはちょっと、普通の人だと難しいような気がする。この歌、そこそこヒットしかけた頃に吉田拓郎のスキャンダルのため放送に乗せることが自粛され、結果的にあまり大ヒットとはならなかった由。それでも最高23位まで上がっている。

「慕情」
 昭和50年。旅情ものの名曲で、いしだあゆみ「港・坂道・異人館」だとか都はるみ「旅の夕暮れ」などと同じ系統のもの。失恋した女が、傷心を紛らすために旅行するという内容の歌。似たようなシチュエーションの歌は数あるが、この歌は「お涙ちょうだい」ではないし、旅先の情景がありありと浮かんでくるような歌詞もよく、とても親しみ易い。1番が飛騨で、2番が九十九里浜を舞台にしている。初めて聴いたとき、ああこれは飛騨を舞台にした唄なのか…と思っていたら2番に入ったとたんに「九十九里浜…うんぬん」と歌っているので驚いた。
 節もよく、オーソドックスな歌謡曲だがそれなりにおもしろくてメリハリがついているし、親しみ易く歌い易い。そこまでヒットしなかったかもしれないが、まあ中ヒットくらいにはなったのではないだろうか。紅白でも歌っている。

「恋文」
 昭和48年。多分、由紀さおりの持ち歌の中では(童謡などを除いて)「夜明けのスキャット」「手紙」の次くらいに… 「挽歌」「生きがい」と同じくらいよく知られている歌だと思う。やや演歌寄りの、ものものしいイントロが一度聞いたら忘れられない。歌詞は、結びの「候」がとにかく耳に残るが、よくよく聴いてみると、こんな女ちょっと怖い。こわいこわい。でも、次々に出てくる小道具が、一つ一つはてんでバラバラのものなのに、うまくまとまっている点などとてもよくできた歌詞だと思う。キーワードは夢二。
 これ、当時歌番組で歌うときにはやっぱり2番を端折ったりしたんだろうか。2番省いて1番からいきなり大サビに飛んでしまうと、計算づくの歌詞が台無しになってしまうけれど… かといってテンポを上げるにも限界がある感じだし、どうだっだんだろう。余談だが、これを聴くと内田あかりの「浮世絵の街」(これも昭和48年)を思い出す。歌詞の内容も節も全く違うが、どこか雰囲気が似ている。

「両国橋」
 昭和56年。オリジナルは松平純子で、昭和50年。松平純子の、淡々とした、言葉尻をまっすぐに引き伸ばす歌い方はこの歌の内容にとてもよく合っている。アレンジはとてもシンプルで、ちょっと地味な感じもする。対して由紀さおりバージョンは、Aメロの部分の歌い方など松平純子と比べてややイロをつけて歌っており、アレンジも音の種類が豊富で、特にサビの部分ではパーカッションの音が目立ち賑やかな印象。どちらも甲乙つけがたい。
 なんとなくドラマチックな感じだし、歌い易いし、いい歌だと思うのだが多分あんまりヒットしなかったと思う。でもそれなりに知られているようで、1枚もののベスト盤などにも収録されていることが多い。

「故郷」
 昭和47年。うさぎ追いしかの山…じゃないよ。たとえ大ヒットではなくても、この歌こそ由紀さおり細大の名曲だと思う。ちょっと場面設定がわかりにくいけど、よくよく聴いてみるととても深い内容。特に2番が重要で、時代を超えて通用する素晴らしい歌詞に感動。この2番を省いたら全く意味がないのに、歌番組では2番を省略することが多かったみたい。テンポを上げるのにも限界があるので(例えば、「うふふ」なんかだと思い切り速くしても違和感はないけどこれは無理)、致し方なかったのだろうけど残念。
 山間の故郷の情景を歌うところの節回しがとてもよい。地味で目立たない歌かもしれないけど、売れ線に走っていない、こういう良質な歌謡曲がレコードやCDで今でも気軽に聴けるのは本当に幸せなことだと思う。レコードではびっくりするくらいにきれいな高音で歌っていて、アレンジもよく、聴いていてとても心地よい。今話題になることはないし、本人がテレビで歌うことも、ラジオ等で流れることも全くといっていいほどないが、これ1曲のためにベスト盤を購入する価値があるくらいの名曲。夜明けのスキャットや手紙もよいが、機会があればこの歌もテレビなどでもっと歌ってほしい。