夢の浮橋

下記3点に内容を絞って一から出直しです。 民俗・文化風俗や伝承音楽の研究に寄与できればと思っています。 ・大分県の唄と踊りの紹介 ・俚謡、俗謡、新民謡の文句の蒐集 ・端唄、俗曲、流行小唄の文句の蒐集

2011年11月

前回に続き、音丸の新民謡と流行歌を紹介する。
音丸特集は今回が最終。

「主は国境」
昭和9年、コロムビア専属第1作目。
まだ本名で吹き込んでいたはず。初めての吹き込みではないが、
それでも音丸最初期のものだ。それにしては初々しさなぞ
全くといっていいほど感じない、完璧な歌唱。
CDの解説にも書いてあったが、よほど練習したようだ。
少しは戦時色もあるが、全体的に長閑な感じがする。
豆千代と松平晃の唄った「曠野を行く」と同じく、
1節がごく短くやや単調な感じもするが、
伴奏や間奏に少しずつ変化をつけてそれをカバーしている。
この唄は全くヒットしなかったと思うのだが、
惜しむ声もあったのか数年後に歌詞をかえて、
「興安おろし」として吹き込みなおしている。

「満洲想えば」
マンドリンのような響きの楽器を使っており、
しかも伴奏の節が5音階でないために、どことなく
異国情緒が漂っているが、唄の節自体は完全に日本調。
わりと音域が広く、しかも5連符が多いので節は難しい。
音丸の代表曲の1つに数えられるだろう、大ヒット曲。
文句は5節あるが、吹き込み時間の都合で3節目までしか
吹き込まれていない。4、5節目は戦時色が濃く、
なんとなく押し付けがましいような雰囲気があるが、
3節目までは夫を想う妻の心が前面に出ている。
泉詩郎の歌謡説明レコードも出ており、そちらもよい。

「夢で逢うたら」
呑気な曲調だし、タイトルから想像しても、
ネエ小唄系の内容かなーと勝手に思っていたのだが、違った。
戦時歌謡だった。なんだろう節はとてもいいと思うし、
音丸に向いていると思うが歌詞があまり好きになれない。
3節目は好きだがほかがどうにもこうにも、
どこが違うのかうまく説明できないが、同じ戦時歌謡でも
「田家の雪」とはどこかが違う。
完全に好みの問題だとは思うが。
それでも音丸の歌唱技術は十分に堪能できる。

「詩吟くずし」
新作の俗曲とでもいえるだろう、お座敷調のもの。
和楽器オンリーの、純和風の伴奏で、
詩吟から始まってそこから分かれていく形の節。
詩吟が本当に上手で、音丸の芸域の広さを感じる。
しかも詩吟の部分をものものしく吟じておいて、
パッと調子をかえて華やかに軽く唄っている点、
唄の特長をよく生かしていて素晴らしい。
8節ほどあるのだが、時間の都合で3節目まで。
奈良丸くずし、奴さん等と並べても全く違和感がなく、
今でも端唄・俗曲としてお座敷や寄席で十分唄えると思う。
ヒットしなかったようで全く知られていないのが惜しい。

「船頭可愛や」
言わずと知れた音丸最大のヒットで、唄い継がれている名曲。
花村菊江、美空ひばり等多くの歌手がカバーしており、
それぞれの個性を生かしてよく唄っているのだが、
節回しの細かさや無理のない高音の響き、
また適度に強弱を付けた、歌詞をかみ締めた唄い方など
やはりオリジナルの音丸が頭一つ抜きん出ている。
この唄、唄ってみるとわかるが音域が広い上に
節が細かく、音引きの部分の止め方など本当に難しい。
それでも広く口ずさまれたようで、今でもよく知られている。
各節結びの部分、せり上げて終わるため力一杯引っ張りたくなるが
音丸はその部分をごく短く、弱く伸ばしてスッと消えるように
唄っており、何もかも計算づくの完璧な歌唱。
後年も年相応のキーで情感たっぷりに唄っていたが、
伴奏も含めてこれに関してはオリジナル盤がいちばんだと思う。

「桜ちる夜に」
各節7775の短い文句に情緒が溢れており、
伴奏も静かな感じではあるがよく工夫されている。
音丸自身もこの唄が大好きだったようで、
桜の季節になると毎年必ずステージで唄ったそうだが
ほとんど反響がなく、残念に思っていたらしい。
とてもよい唄で、ヒットはしなかったものの
音丸の代表作といってもよいくらいの出来。

「みなと夕焼け」
この唄は特定の地方を思わせるような言葉が出てこない分、
聴く人それぞれの心の中にある故郷だとか
なじみのある土地の風景が思い浮かぶような内容になっている。
琴を効果的に使っていて、うす暗い夕焼けでなく、
夕日が波の一つ一つに照り返って辺り一面が
真っ赤に染まるような、光に満ち溢れた夕焼けの雰囲気。
音丸も気に入っていたようだが、昭和14年だか15年の発売で
時局柄もあってか全くヒットしなかったようだ。
途中、音程が一気に飛躍するところがあって
難しい唄なのだが、難なく唄いこなしている。

「逢わせて頂戴」
ネエ小唄の範疇だろう、とても可愛らしい歌詞。
音丸の声はちょっと鼻にかかったような感じで、
特にア段の響きが柔らかくて可愛らしいので、
唄の内容によく合っている。
ことさらに煽情的な内容でなく、初心な娘の
素直な恋心を唄った程度のもの。
「辛いのよ」の「よ」の音引きの節がとても難しい。
その節が、聴いていて耳に心地よい。

「主は舟乗り」
内容としては「船頭可愛や」の姉妹作といえるもので、
節も音丸によく合った民謡調でよく出来ているが、
残念ながらこちらは全くヒットしなかったようだ。
素直に譜面通りに唄ったら全くおもしろくない唄だが、
音丸が自分なりに細かい節回しを入れて工夫しているので
とても聴き応えがあるものになっている。
音丸は楽譜が読めなかったが、練習するときに
歌詞を書いた紙に自分にしかわからない独特の記号を
書き込んでいって、節回しを考えて工夫したらしい。
そのため、唄うたびに違ったりすることは決してなく、
どれだけ細かい節でも、何年たっても同じ節回しだった。
「船頭可愛や」のオリジナル盤とステレオ盤を聴き比べたり、
またテレビ東京の懐メロ番組を見たりするとよくわかる。

「花嫁行進曲」
一連の民謡調歌謡とはずいぶん毛色が違うヒット曲。
ネエとは言ってないが、これもネエ小唄の範疇かもしれない。
松原操が吹き込む予定だったが急病になり、
音丸にお鉢が回ってきたらしく、慌てて練習したとのこと。
かわいい声で唄っているのだが、年齢もあるし
コブシはごく少なめにしてあっさり唄っていても
地が日本調の節回しなので、あまり新婚さんらしくない。
それがまた却って受けたのだろうと思う。



長くなったので音丸特集はここでやめる。
ほかにも「旅の舟唄」「夕波ちどり」などよい唄が多い。
今は日本調が全く下火なのであまり語られることはないが、
「船頭可愛や」「博多夜船」などはこれからも
親しまれていくことだろう。

前回に引き続き、音丸の新民謡と流行歌を紹介する。


「愛馬の別れ」
この唄は浪花節の節回しを生かした節が特徴で、
音丸の述懐では、吹き込んだ当時は浪花節を
全然知らなかったために、特徴的な節を
うまく生かすことができず申し訳なく思ったとのこと。
しかし、聴いてみるとなかなかよく唄っていると思うし、
あまり浪花節のイロが濃すぎず却ってよかったのではないか。
この唄はわりと人気を呼んだとみえて、
音丸は後に「多助馬子唄」という姉妹曲も吹き込んでいる。

「紺屋高尾の唄」
日本橋きみ栄か豆千代が唄いそうな曲調で、
あまり音丸には向いてないような気がする。
唄の内容も音丸の唄にも全く申し分はないのだが、
やはり音丸はこの手の時代物よりは、
民謡調のものの方がより実力を発揮できている。
それでも、各節終わりの部分の音引きを
端唄調に一定の音量で引っ張ってピタリと止めずに、
ごく短く、徐々に線を細めるような唄い方にしている点など
よく工夫して唄っているように思う。

「山形よいとこ」
山形県の観光振興のための新小唄。
音引きがごく少なく、言葉を多めに載せたもので
ごく易しいが起伏に富んだおもしろい節回し。
おそらく行政主導で作られたからだと思うが、
惚れたハレタの文句が一切入っておらずやや生硬な
印象を受けるものの、全体的にはよくまとまっている。

「別府よいとこ」
洋楽器メインで、三味線等が効果的に使われている。
唄の節回し自体は流行歌調なのだが、伴奏や間奏が
お座敷調なので全体的にしっとりと落ち着いた雰囲気。
別府の名所旧跡、景勝地を順序良く紹介した歌詞で、
観光宣伝にはもってこいだと思うが、盆踊り向きでないので
残念ながら唄い継がれることはなかった。

「温泉おどり」
こちらも別府の新小唄で、今でもよく知られており、
盆踊りやその他お祭りのときに盛んに唄い踊られている。
鼓が始終ポンポンポンポン鳴り響いており、とても賑やか。
歌詞は「別府よいとこ」に比べると名所の紹介に
終始することなく、より情緒溢れる内容になっている。
かなり高調子の唄だが、無理のない高音で、
しかもやわらかい音色を響かせて唄っており、
短調だがどこか明るい雰囲気になっていると思う。

「大島くずし」
大島節をもとにした民謡調の流行歌で、
米山三里と同じく元唄から分かれる形で展開していく。
元唄にくらべるとかなり早間で、おまけにリズムが違うため
ちょっと聴いただけだと気付かないが、気をつけて聴くと
上の句の部分の節は大島節とほぼ同じ。
下の句では大島節から離れて、戻らないままだが
お囃子の部分にそれとなく大島節を匂わせている。
1節目の文句が本当によく出来ているのだが、
類似した文句は他地域の俚謡に残っていることから、
完全に作詞者のオリジナルというわけでもないようだ。

「花見おどり」
伊藤久男と一緒に唄っている。
伊藤久男は日本調歌手ではないが、
音丸とのコンビで吹き込んだ盤は割りと多い。
一緒に唄っても互いの声を殺し合わないし、
また伊藤久男は意外と日本調の唄にも合っているようだ。
この唄は毎年花見時期を当て込んで各社から出されていた
「花見小唄」シリーズの新小唄で、大ヒットした勝太郎の
「さくら音頭」を思わせるような明るい曲調。
残念ながらヒットはしなかったようだが、今でも
盆踊りや花見踊りなどに使えそうだ。

「田家の雪」
やや戦時色はあるものの節回しはごく長閑な感じで、
歌詞も(特に3節目には)子を思う母の心を
素直に唄っていて、なかなかよい文句だと思った。
伴奏は全体的に静かな感じだが、
間奏に琴が効果的に使われている。
途中、急速に競りあがって大変高音になるところが
2箇所ほどあるが、音丸は別に何の問題もなく、
あっさりと唄いこなしている。
歌詞を変えれば、地方を舞台にした民謡調歌謡として
十分使えそうな雰囲気の本当によくできた節。

「さくら行進曲」
伊藤久男と一緒に唄っている。
「行進曲」とあるが「さくら音頭」か「さくら小唄」とでも
行った方がよさそうな、普通の日本調の唄。
三味線や鼓も入っていて、全然行進曲らしくない。
短調だが、タラーンラランラランラ…と何とも楽しげ。
ほとんど戦時色もなく、別に今でも盆踊りに使えそう。
こちらはB面で、A面は豆千代と松平晃が唄っている。
そちらは洋楽器伴奏で少しは行進曲っぽい感じで、
また文句もより戦時色が濃い。

「防空音頭」
コアな人気があるとかないとか、
とにかく得体の知れない新小唄。
木琴や鼓、三味線、洋楽器ととても賑やかな伴奏で、
しかもテンポが異常に速く、テンションが高い。
文句の方は、ヤケになっているのではないかというほど
勇ましくて自信満々で、悪いけどちょっと笑える。
決して当時の市井の人をバカにするつもりはない。
ただ、こういう唄を真剣に売り出していたような、
そういうトチ狂った時代だったのだなーと、
ちょっと遠い目をして考えてみたりもする。
おもしろがって聴く分にはいいんだけども、
同じ戦時色のあるものでも「田家の雪」だとか
「皇国の母」などとは全く違う何か…狂気を感じる。

つづく

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